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神戸地方裁判所 昭和31年(行)11号 判決

原告 吉川右一郎

被告 兵庫税務署長

訴訟代理人 宗像豊平 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告は、「被告が昭和二九年度分所得税に関してなした原告の同年度分の所得額を金八六、二〇〇円所得税額を金八一、〇〇〇円とする更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

(原告の主張)

原告は、請求の原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告の営業の概況及び確定申告より審査決定までの経過

原告は、昭和二二年五月頃より、戦災後僅かに復旧した土地において、薪炭、氷の販売業をはじめたが営業成績は芳しくなく、家族五人の生活にも困窮する程の状態であつた。

原告は、昭和二九年度分の所得税に関して、所得額を金二八四、七八五円、同税額を金一七、七五〇円として、被告に対し確定申告をしたところ、被告は、昭和三〇年三月一九日付をもつて、原告の昭和二九年度の所得額を金四八六、二〇〇円、同税額を金八一、〇〇〇円とする更正決定をなした。そこで原告はこれを不服として被告に対し再調査の請求をしたが棄却されたので、更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は、右更正決定の一部を取消し、所得額を金四三六、八〇〇円、同税額を金六三、一五〇円とする旨の決定をなした。

(二)  原告の所得額の計算

売上額

氷の売上額             六〇〇、一〇七円……(1)

燃料の売上額          二、九〇三、〇五二円……(2)

総売上額(1) +(2)        三、五〇三、一五九円……(3)

売上原価

氷の仕入額             三三八、四一〇円……(4)

燃料の仕入額          二、六一三、四七二円……(5)

期首たな卸額            一四〇、〇〇〇円……(6)

期末たな卸額            二八〇、五六〇円……(7)

売上原価(4) +(5) +(6) -(7)  二、八一一、三二二円……(8)

荒利益(3) -(8)           六九一、八三七円……(9)

経費                三六六、六八五円……(10)

所得額(9) -(10)          三二五、一五二円

右に示した計算によつて明らかなとおり、原告の昭和二九年度分所得額は、金三二五、一五二円である。従つて、被告のなした前記更正決定は、原告の所得額の計算を誤り、実際の所得額、同税額以上の所得額、同税額を認定した違法な処分であるからその取消を求めるものである。

(三)  被告の主張事実に対する認否

被告の主張事実中、原告が肩書住所地において薪炭及び氷の販売業を営み、営業店舗及び倉庫を所有し、原告、その妻及び使用人二名(そのうち一名は夏季繁忙時のみ使用)が営業に従事していること、昭和二九年八月以降同年一二月までの燃料売上に含まれている商品の中には、各品目別の差益率が一・四%という低率のものは存在しないこと、は認める。

(四)  推計課税の不適法

原告が現金出納帳の記帳をしていなかつたことは被告主張のとおりであるが、収入金額のうち現金売上のもの、仕入金額のうち現金支払のものの各金額は、原告が被告の課税調査のために提示した燃料売上帳、氷売上帳、燃料仕入帳及び氷集金帳等の各帳簿によつて算出することが可能である。被告は、小売店においては現金売が多いけれどもそれは場所がらによつて異り、現金売りの多い店もあれば少い店もあつて一概にいうことはできない。原告方においては掛売が売上の大部分を占め現金売は少いばかりでなく、その現金売上分も前述の各売上帳に記載されているのであるから、現金出納帳がないことは推計課税の理由にならない。

原告の売上帳に計算の誤による誤びゆうのあつたことは認めるがそれも悪意でなしたものではなく、また売上帳に昭和二九年一〇月二七日付金五三〇円の売掛の記載が脱落していることは被告の主張のとおりであるが、この一事をもつて原告の帳簿全体の正確性を否定すべきではない。従つて、右に述べたように取引の実際を正確に記録した帳簿が存在し、また原告は被告の担当係官による調査に際しては質問に応じて口頭で誠実に説明したにもかかわらず、被告がこれらの資料を無視して一方的に推計によつて所得額を計算するのは違法であり、このような計算の結果に基いてなされた本件更正決定は違法である。

(六)  被告の推計の不合理性

被告の主張によれば、原告が燃料小売分の差益率が一九%であることを認めたというのであるが、原告は、被告の係官による調査の際、主要な販売品目の原価及び販売価格について質問を受けたので、燃料売上帳及び同仕入帳にもとづいて楢極上など一一の品目につきそれぞれ原価と販売価格と述べたところ、係官は計算の結果差益率は一九%になつたから捺印するようにと云われたので、その意味がわからないまま云われたとおり捺印したにすぎず差益率が一九%であることを認めたことはない。むしろ、原告としては、どうして一九%という数字が算出されたのか理解に苦しむところである。例えば、被告は右差益率を算出するにあたり石炭の仕入額の燃料仕入総額に対する割合を一〇%としているが、原告の燃料仕入帳によれば石炭の仕入額は金三五五、六五五円であつて、これは燃料仕入総額金二、六一三、四七二円の一五%にあたる。石炭は燃料の販売品目の中でも差益率の低いものであるから、石炭の仕入額が燃料総仕入額の中で占める割合が大きい程全体の差益率は低下するものであり、従つて、実際の差益率は被告が算出した一九%よりも低い筈である。

被告のなした氷の売上額の計算においては、業務用価格で販売したもののあることが考慮されていないが、氷売上帳に記載されているものの中には相当多数の業務用販売分があり、その販売価格は一般小売分に比べて約五円低いので、実際の氷売上額は被告が算出した額より低い筈である。

(被告の主張)

被告指定代理人は、その主張を次のとおり述べた。

(一)  原告の営業状況

原告は、肩書住所において薪炭及び氷等の販売業を営むものであるが、営業店舗及び倉庫を所有し、原告、その妻及び使用人二名(そのうち一名は夏季繁忙期のみ使用)が営業に従事しており、昭和二九年末現在において、自動三輪車一台、軽自動二輪車一台、運搬用等二輪車三台を所有するなど同業種の個人事業者としては相当大規模な運搬設備を有している。また、当時原告は、富士工業株式会社株式四〇〇株、日本油脂株式会社株式二〇〇株、芦森工業株式会社株式五〇〇株及び川崎重工業株式会社株式四〇〇株等の時価約一〇万円相当の株式を取得している。以上の事実が示すとおり、原告は原告が主張している程困窮した状態にあるのではなく相当活発に営業をなしているものである。

(二)  確定申告より審査決定までの経過

原告は、昭和二九年度分所得税に関して、昭和三〇年三月一三日、昭和二九年度の原告の所得額を金二八四、七八五円、同税額を金一七、七五〇円と記載した確定申告書を提出したが、その所得額は被告が調査した結果に比し過小であつたため、被告は自らの調査結果にもとづき、所得額を金四八六、二〇〇円、同税額を金八一、〇〇〇円、過小申告加算税を金三、一五〇円とする更正決定をなし、昭和三〇年三月一九日付書留郵便をもつて原告に通知した。

原告は右更正決定を不服として、同年四月三〇日、被告に対し再調査の請求をしたが、被告は再調査の結果原処分を正当と認めたので再調査請求を棄却する決定をなし、同年六月一六日付書留郵便をもつて原告にその旨通知した。

原告は、更に、同年七月一五日、大阪国税局長に対し審査の請求をなしたので、同局長はこれを協議団の協議に付した上その請求の一部を理由があるものと認め、再調査請求の棄却決定を取消して、所得額を金四三六、八〇〇円、同税額を金六三、一五〇円、過小申告加算税額を金二、二五〇円とする旨の決定をなし、同年一二月二二日付書留郵便をもつて原告にその旨通知した。

(三)  推計調査の方法を用いた理由

原告は、昭和二九年度分所得税の確定申告に関して、売上額金三、四六三、〇〇〇円、期首たな卸高金一四〇、〇〇〇円、仕入額金二、九五二、〇九〇円、期未たな卸高金二八〇、五六〇円、経費合計額金三六六、六八五円、差引所得額金二八四、七八五円と記載した収支計算書を提出したが、この計算の結果は次に示す理由によつて是認することのできないものである。すなわち、原告は、右収支計算書作成の基礎となる帳簿としては、売掛帳(日記帳)の記帳はしているけれども、現金出納帳の記帳はなさず、従つて現金による仕入額及び売上額が明らかでないのみならず、原告のような小売業者にあつては、売掛のほかに多数の現金売上があるのが普通であるから、売掛帳の金額を集計しただけでは実際の売上額を算出することはできない。しかも、右売掛帳自体も次に示すとおり不正確であつてその記載内容を信用することはできないものである。すなわち、原告は売掛の記録について二重帳簿を作成しており、その表勘定では、昭和二九年四月一〇日より同月二四日までの一五日間の売上額は金四〇、六二〇円であるのに対し、裏勘定では同期間の売上額(表勘定の金額を含む)は金八四、三三五円となつている。右売掛金の簿冊は、各葉取外し可能のルーズリーフ式であるから、帳簿組織が不完全で、会計学上いわゆる相互牽制がなく、立証力に乏しいものである。現に、他の資料によつて認められる同年一〇月二七日道端方へ販売された楢上(木炭)金五三〇円の売上は、それが売掛であつたにもかかわらず、売掛帳に記載されておらず、記帳の脱漏であることは明らかであり、このことによつても売掛帳には記帳洩れの少くないことが窺われる。その上、原告提出の甲第二号証の一、二の売掛帳にもとづいて燃料の差益率を計算すると次のような不合理な結果を生ずる。

A  昭和二九年一月より三月までの間の差益率

(1)  売上額(甲第二号証の一、二に基く原告主張の月別売上額の合計)金一、四三〇、一〇七円

(2)  仕入額(甲第一号証の一、二に基く原告主張の月別仕入額の合計)金一、〇〇二、八七三円

(3)  期首たな卸高(原告主張の額)金一四〇、〇〇〇円

(4)  三月末たな卸高

(イ) 甲第一号証の一、二(燃料仕入帳)七頁記載の原告仕入明細によると四月一日より同月六日までの間の仕入は、四月一日の石炭の仕入のみであるから、その間の甲第二号証の二(売上帳)による売上合計額金三六、三六五円から石炭売上額金一、七一〇円を差引いた金三四、六五五円は、三月末たな卸として存在したものである。

(ロ) 甲第二号証の一、二(燃料売上帳)の四月七日及び同月八日の売上明細のうち、別紙第1表記載のものは、これに対応する仕入が四月一日以降にはないので、三月末たな卸の中にあつたものと認められる。その合計額は金一二、二二五円である。

従つて、三月末たな卸高は右(イ)及び(ロ)の合計額金四六、八八〇円である。

(5)  売上原価 金一、〇九五、九九三円

算式

(期首たな卸高+仕入高+期末たな卸高)

140,000+1,002,875-46,880 = 1,095,993

(6)  差益率 二三・三%強

算式((売上金額-売上原価/売上金額))=差益率

(1,430,107-1,095,993)/1,430,107 = 0.2336

B 昭和二九年八月より一二月までの間の差益率

(1)  売上金額(甲第二号証の一、二に基く原告主張の月別売上額の合計)金八二六・二四五円。

(2)  仕入金額(甲第一号証の一、二に基く原告主張の月別仕入額の合計)金一、〇〇二、一七九円。

(3)  一二月末たな卸高(原告主張の金額)金二八〇、五六〇円。

(4)  八月初たな卸高

(イ)  七月一一日から同月三一日までの間に仕入れた商品のうちで、七月末たな卸商品として存在したと認められる別紙第2表記載の金額六七、六〇三円。

(ロ)  八月一日より同月八日までの間に販売された商品のうちで、これに対応する仕入がその期間内になく、かつ右第2表記載の金額にも含まれていない別紙第3表記載の金額二四、七九九円。

従つて、八月初たな卸高は、右(イ)及び(ロ)の合計額金九二、四〇二円である。

(5)売上原価 金八一四、〇二一円。

算式 92,402+1,002,179-280,560 = 814,021

(6)  差益率 一・四%

算式 ((826,245-814,021)/826,245)= 0.014

薪炭等燃料の小売販売業者における売買差益率は、通常概ね一定して大きな変動はないものであるから、閑散期である四月から七月までの間を除き、一月から三月までの間の差益率と、八月から一二月までの間の差益率とは近似したものでなければならない。ところが、右に示したように原告の帳簿を基礎として計算した結果によれば、一月から三月までの間の差益率が二三・三%強であるのに対し八月から一二月までの間の差益率は一・四%と著しく低率になり、両者の間に極端な開きがある。

また、或る期間内の全商品の平均差益率が、その商品の各品目別の一品差益率の最低のものより低率となることは数理上あり得ないのであるが、八月から一二月までの間に販売された商品の各一品差益率を調査しても、一・四%という低率のものは存在しないから、同期間中の平均差益率が一・四%になることはあり得ないにもかかわらず、右の如き結果を生じたのは原告の売掛帳による売上金額が実際の売上金額に比し著しく少いこと、すなわち売掛帳に多くの脱漏があることによるものである。

以上の事実によつて明らかなように、原告の売掛帳は実際の取引額を正確に記録しているものとはいえず、従つて右売掛帳によつて原告の売上額を算出することは不可能であつたので、被告は、仕入金額を基に推計によつて売上額を算出しなければならなかつたのである。

(四) 所得額の計算

A  販売原価

1 燃料の販売原価

仕入高              二、六一三、四七二円……(5)

期首たな卸高             一四〇、〇〇〇円……(6)

期末たな卸高             二八〇、五六〇円……(7)

以上いずれも原告主張の前記(5) (6) (7) の金額のとおりであることを認める。

販売原価(5) +(6) -(7)      二、四七二、九一二円……(11)

2 氷の販売原価

氷の仕入高は、原告が氷仕入額の根拠として提出した乙第二号証の月別仕入数量と単価の積の合計額によれば金三二八、四一〇円となる。(原告はこれを金三三八、四一〇円としているが、これは乙第二号証の累計の際の計算の誤によるものである。しかし、この金額は値引(原告が氷の仕入先である訴外中垣製氷店との間の契約により原告は同製氷店に対し昭和二九年四月一〇日と同年五月一一日の二回に各金五万円宛合計金一〇万円の前渡金を支払いその代り七、八月の値上り時期の仕入についても四、五月当時の単価で仕切つたために生じた値引)をしていない額であるから、右値引額金一二一、四一〇円を差引くと結局氷の仕入金額は金二〇七、〇〇〇円となる。氷については期首、期末の各たな卸はないので右仕入額がそのまま氷の販売原価となる。従つて、

販売原価               二〇七、〇〇〇円……(12)

3 総販売原価(11)+(12)   二、六七九、九一二円……(13)

B  売上金額

1 燃科売上額

原告の燃料販売において、その一部に卸売並の低利潤で販売されているものもあるが、被告は原告の申立及び当時の業況により、燃料仕入総額の二〇%が低利潤で販売されたものと認定した。以下これを燃料卸売分と称する。従つて燃料卸売分及び同小売分の各販売原価は次のとおりである。

卸売分販売原価(11)×0.2      四九四、五八二円……(14)

小売分販売原価(11)×0.8    一、九七八、三二九円……(15)

(イ) 差益率

売上金額の計算には次の差益率を適用する。

燃料小売分差益率 一九%

燃料卸売分差益率 一一%

右差益率のうち小売分については、被告の調査の結果一九%となり、原告もこれを認めた。被告が計算した結果(乙第三号証)では一八、五五%となつたのであるが、これを約一九%として適用したものである。その理由は、次のとおりである。右差益率の計算において、石炭の販売原価をトン当り金七、五〇〇円としているが、甲第一号証の二(仕入帳)によれば極めて安価(仕入価格がトン当り金七、五〇〇円未満のもの)で仕入れたものは別紙第4表のとおりであり、これは全石炭仕入量の三分の一に達し、また甲第二号証の二(売上帳)によればトン当り金九、〇〇〇円未満の価格で販売されたものは殆んどないから、同表記載の石炭もすべてトン当り金九、〇〇〇円を下らない価格で販売されたものと認められる、同表記載の石炭の仕入額合計は金八五、七五〇円、仕入量合計は一五、〇〇七トンであるから平均単価はトン当り金五、七一六円である。従つてその差益率は次式のとおり約三六、五%となる。

(9,000-5,716)/9,000 = 0.3649

結局、全石炭販売量のうち、差益率一六%のものが三分の二、差益率三六・五%のものが三分の一を占めることになるから、相乗比率によつて石炭全体の差益率を計算すると、次に示すとおり二二・八二%になる。

0.16×(2/3)= 0.1066

0.3649×(1/3)= 0.1216

0.1066+0.1216 = 0.2282

次に、クヌギ炭については、差益率を一三%としているが、実際は別紙第5表記載のとおり差益率二〇%以上のものが大部分を占めている。右に述べた石炭及びクヌギ炭は、燃料販売品目の中でも差益率の低いものであるが、これらでさえ差益率は一八・五%を相当上廻る結果が出ているので、実際の燃料差益率は少くとも一九%を下らないものと認めたからである。

卸売分の差益率については、原告の営業が同種業者の一般の業態と特に異る点はないので、燃料卸売の通常の差益率である一一%を採用したものである。

なお、原告の帳簿を基にして一月ないし三月の間の卸、小売分を総合した燃料差益率を計算した結果は前述のとおり二三・三六%になり、これと対比しても被告が適用した差益率はいずれもむしろ実際の差益率よりも低率に、すなわち原告に有利に計算されているものである。

(ロ) 売上金額の計算

販売原価に差益率を適用して売上額を計算した結果は次のとおりである。

経費(原告主張の金額) 三六六、六八五円……(10)

所得額 (21)+(10)   六六六、一一九円

(五) 所得税額及び過少申告加算税額の計算

A  所得税額

右に算出した所得額の範囲内で原告の昭和二九年度分の所得額を金四三六、八〇〇円と決定し、これより原告の申告した

生命保険控除額 一一、〇〇〇円

扶養親族控除額 一一六、四〇〇円

基礎控除額 六七、五〇〇円

を各控除(所得税法第一一条の六、第一一条の七、第一二条)すると、課税総所得金額は金二四一、九〇〇円となる。これに所得税の簡易税額表(同法第一五条第一項、別表は昭和二九年法第五二号の改正によるもの)を適用すると、所得税額は金六三、一五〇円となる。

B  過小申告加算税額

同法第五六条により、審査決定によつて決定された所得税額金六三、一五〇円と原告の確定申告書記載の申告税額金一七、七五〇円との差額金四五、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満は切捨計算、同法第五六条第六項、第五四条第四項)に百分の五を乗じて得た金額二、二五〇円を過小申告加算税として徴収することになる。

(六) 以上のとおり、審査決定によつて変更された範囲で被告のなした更正決定は正当であるから、これを取消すべき理由はない。

(当事者双方の証拠の提出、援用、認否)〈省略〉

理由

第一、原告が、薪炭及び氷の販売業を営んでいること、原告が昭和二九年度分の所得額を金二八四、七八五円、同税額を金一七、七五〇円として被告に対し確定申告をしたところ、被告が昭和三〇年三月一九日付をもつて右確定申告に対し、原告の右年度分所得額を金四八六、二〇〇円、同税額を金八一、〇〇〇円として更正決定をなしたこと、原告はこれを不服として被告に対し再調査の請求をしたが棄却されたので、更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は、被告のなした更正決定を一部取消して原告の所得額を金四三六、八〇〇円、同税額を金六三、一五〇円と変更する旨の決定をなしたことは当事者間に争がない。従つて、被告のなした更正決定は右審査決定によつて変更され、結局、原告の所得額を金四三六、八〇〇円、同税額を金六三、一五〇円とする更正決定がなされたことになる。

第二、推計課税の適否

原告は、本件更正決定は、原告作成の帳簿等の証拠資料によつて所得額の実額調査が可能であり、従つて推計課税によることが許されない場合であるにもかゝわらず、推計によつて所得額を決定した点において違法である旨主張するので、以下この点につき判断する。

所得税の課税標準を決定するためには、納税義務

小売分売上額(15)÷(1-0.19) 二、四四二、三八二円…(16)

卸売分売上額(14)÷(1-0.11)   五五五、七一〇円…(17)

燃料総売上額(16)+(17)     二、九九八、〇九二円…(18)

2 氷売上金額

原告の氷年間仕入量は、一、九二六・五枚(一枚は一六貫であるが、その販売価格は季節によつて変動するので、一年間を左記第6表のとおりの期間に区分し、各期間別の販売価格、融け歩合、仕入量をそれぞれ同表のとおり認定した。

(第6表)

期間    販売価格(貫当り) 融け歩合   仕入量

一月- 三月     一六円     三%    二六七枚

一〇月-一二月

四月- 七月     二〇円     五%    五三五枚

八、九月     三〇円    一〇% 一一二四・五枚

これにもとづいて、氷の売上金額を計算した結果は次のとおりである。

(イ)  一月ないし三月、一〇月ないし一二月の売上額 金六六、三〇四円

267枚×(1-0.03)= 259枚

16円×(16貫×259)= 6.6304円

(ロ)  四月ないし七月の売上額 金一六二、五六〇円

535枚×(1-0.05)= 508枚

20円×(16貫×508)= 162.560円

(ハ)  八月及び九月の売上額 金四八五、七六〇円

1,124.5枚×(1-0.1)= 1,012.05枚

30円×(16貫×1012)= 485,760円

(ニ)  年間氷売上総額(右(イ)ないし(ハ)の合計額)

金七一四、六二四円……(19)

なお、三月一五日以降は貫当り金二〇円、七月二〇日以降は貫当り金三〇円が普通であるが、右計算においては、いずれも原告に有利に低価に計算した。また融け歩合を計算にとり入れたが、製氷所で製造する氷塊は、通常一木という単位で呼称する三〇〇ポンド(三六貫)の氷塊であり、製氷業者はこれを二個に分割しその一個一八貫を一枚と称し、一枚幾何という建値で小売業者に販売し、小売業者は、この一枚を約一六個にほゞ均等に切り割りしたものを通常一貫と称して販売する。それ故、小売業者において一貫建値幾何というのは一枚の一六分の一についての価格であるから、氷が溶解しても一貫当りの価格に影響はなく、従つて氷の融け歩合を考慮する必要はないわけであるが、それにもかかわらず被告は氷の売上額の計算にあたり融け歩合をとり入れたことにより、実際の売上額より原告に有利に計算されているものである。

3 総売上額(18)+(19)      三、七一二、七一六円……(20)

C 所得金額

荒利益(20)+(13)         一、〇三二、八〇四円……(21)

者である個人の当該年度における具体的な所得額を確定する必要があるが、そのための税務調査の方法は、原則として納税義務者の真実の所得額を調査する、いわゆる実額調査でなければならない。ところが、所得実額の把握は、所得額算出の基礎となるべき収入及び必要経費のすべての正確な記録が存在する場合にのみ可能であるから、そのような記録がないか、あつても不正確で信用できない場合には結局実額調査はなし得ないから、課税標準が決定されないことになる。しかし、そのような場合でも国は、課税権を放棄することはできないから、何らかの方法で課税標準を決定しなければならないが、そのために用いられる方法が推計調査の方法であり、従つて推計調査は実額調査によることができない場合に止むを得ずとられる補充的、技術的方法であつて、しかもそれは主として当該納税義務者以外の者の実績から得られた平均的数値を適用することによつてなされる計算方法であるから、常に真実の所得額との間に誤差を生ずることを避けられないものであることを考慮すれば税務官庁は、申告所得額を更正する場合に、濫に推計調査の方法によつて所得額を決定することは許されず、実額調査が不能な場合にのみ推計調査の方法により得るものというべきである。そこで本件更正決定をなすにあたり原告の所得実額の調査が可能であつたか否かにつき考えると、被告は推計調査の方法によつて所得額を算出せざるを得なかつた理由として、原告が税務職員による調査に対して所得金額の計算の根拠となる証拠資料としては、燃料売掛帳(日記帳)(被告は単に売掛帳というが、弁論の全趣旨によりそれは燃料売掛帳であつて氷売掛帳を含まないことは明らかである。)を提示したのみで、そのほかの帳簿はなかつたということを主張するのに対し、原告はそのほかに氷売上帳、燃料仕入帳及び氷集金帳等の帳簿をも提示したと主張するのであるが、燃料仕入額、燃料期首、同期末各たな卸額、必要経費額は当事者間に争がなく、また氷仕入金額は、当事者双方とも同一の資料によつて算出しているものと認められ、従つて双方の金額に喰違があるのは原告の計算の誤によるものであつて結局金額については争がないものということができるから被告が推計によつて算出したのは燃料売上金額及び氷売上金額の二つのみである。そして、原告が被告の調査に際して燃料売上帳を提示したことは当事者間に争がないので、燃料売上額については、一応形式的には実額調査の資料が存在したのであるから、次にその売上帳が実額調査を可能ならしめるに足る正確さを備えていたか否かを検討する。被告が、右売上帳を信用できない理由の一つとして挙げる右帳簿にもとづいて計算した差益率の不合理なことに関する主張は、甲第二号証の一、二の売上帳の記載内容に関するものであることはその主張自体から明白であるが、証人竹内忠の証言によれば、成立に争のない乙第四号証の一が、原告が被告の担当職員の調査に対して提示した燃料売上帳の一部であるものと認められ、これと甲第二号証の一、二の売上帳のうち右乙第四号証の一の日付と対応する日付部分の記載とを対照すると、記載内容は明らかに相違しており、乙第四号証の一の帳簿と甲第二号証の一、二の帳簿とが同一の帳簿であるとはとうてい認められない。従つて、甲第二号証の一、二は、原告が税務職員に提示した帳簿とは別の帳簿であるというほかはなく、そうすると甲第二号証の一、二の記載内容の不備を指摘することは推計調査の理由の立証とは関係がないものといわざるを得ない。また、現金出納帳がないことは原告の自認するところであるが、原告は被告に提示した売上帳は売掛分ばかりでなく現金売をも含むと主張するのに対し、右売上帳に記載されていない現金売上があることについては何らの証拠もないから、この点も推計調査を適法ならしめる理由にはならない。しかし売上帳の一部につけ落ちのあることは原告も自認するところであり、また成立に争のない乙第四号証の一、二及び証人竹内忠の証言によれば同人が調査担当者として原告方へ赴いた際、原告は初め乙第四号証の一がその一部である帳簿(仮にA帳簿と称する。)を売上帳として提示したが、右竹内の探索の結果原告が右帳簿のほかに乙第四号証の二をその一部とする帳簿(仮にB帳簿と称する。)を所持していることを発見したこと、この二個の帳簿の記載を対照すると日付、品目、数量、販売先とが概ね一致するので、共に同一期間の燃料売上を記録した帳簿であること、B帳簿にはA帳簿には記載されていない売上分が多数記載されていること(四月一〇日より同月二四日までの売上合計額はA帳簿では金四四、三七〇円であるのに対し、B帳簿では金八四、三三五円になる。)、原告はB帳簿を発見されたときにB帳簿の方が真実の売上を記録した帳簿であることを自認したことが認められる。以上の事実によれば、原告は燃料売上に関しA帳簿とB帳簿の二個の帳簿を作成し、いわゆる二重帳簿を用いていたものであつて、税務職員の調査にあたつて提示したA俵簿はいわゆる表帳にあたり故意に記帳の脱漏を図り、真実の売上額より少ない売上額を記載したものである。従つてA帳簿からは売上実額を算出することをできず、また証人竹内忠の証言によれば原告はB帳簿の一部のみ提出してその余の部分の提出を拒んだことが認められ、そして弁論の全趣旨によれば右に掲げたA帳簿及びB帳簿以外には燃料売上額に関する証拠資料はなかつたことが認められるので以上の事実を綜合すれば燃料売上額の実額調査に用うべき資料はなく、従つて推計調査の方法によることも止むを得ないというべきである。

次に、氷の売上額については、その実額調査が不能であつたことを直接立証すべき証拠はないが、すでに燃料売上額は推計によつて算出する以上、所得額は結局実額調査を断念するほかはなくまた、燃料売上帳が右に述べたように不正確で信用に価せず、しかもそれが原告の記帳態度の不誠実によるものと認められる以上氷売上に関する帳簿類があつたとしても同様に措信できないものと推認するを妨げない。以上述べたとおり燃燃売上額、氷売上額とも実額調査は不能であつたのであるから、これを推計調査の方法によつて算出したことに何ら違法の点はない。

第三、所得額の計算

(一)  燃料販売原価

燃料仕入高  二、六一三、四七二円……(5)

期首たな卸高   一四〇、〇〇〇円……(6)

期末たな卸高   二八〇、五六〇円……(7)

以上は当事者間に争がないから、燃料の販売原価は次のとおりである。

販売原価 (5) +(6) -(7)  二、四七二、九一二円……(11)

(二)  氷販売原価

原告は氷の仕入金額を金三三八、四一〇円と主張するがその金額自体から明らかなように、右金額は成立に争のない乙第二号証記載の月別仕入金額の合計額であると認められる。但し原告主張の金額は計算の誤によるものであつて、正しくは被告主張のとおり金三二八、四一〇円であることは計算上疑がない。そして、証人中垣一夫の証言により中垣一夫作成部分は真正に成立し左ものと認められ、かつ大蔵事務官森益太郎、同杉浦春夫作成部分は公文書であるから成立の真正が推定される乙第六号証並びに証人中垣一夫の証言によれば、次のような事実が認められる。すなわち原告は昭和二九年度において訴外中垣一夫より氷を仕入れていたものであるが、同訴外人との間で、原告が訴外中垣に氷仕入代金の前渡金を交付し、その代償として同年七月以降の値上り時期においても仕入価格を市場価格の二割引とする旨の契約をなし、右契約にもとづいて同年四月と五月の二回に各金五万円宛合計金一〇万円の前渡金を交付し、更に同年八月頃氷仕入代金の内入金として金四万円を支払つた。訴外中垣は、同年九月一五日付で原告に対し、同年七月一日より同年九月一五日までの取引について市場価格の二割引の価格による代金二六一、四一〇円よりすでに支払を受けた前渡金及び内入金合計金一四万円を差引いた残額金一二一、四一〇円を請求したところ、原告は右期間の仕入枚数一三〇七・五枚を単価一〇〇円として代金一四万円は既払の前渡金、内入金で支払済であると云つてそれ以外の支払を拒絶したので、訴外中垣はすでに支払を受けた金一四万円以外の請求をあきらめ、これを値引として決済したものである。以上の事実によれば、原告は、昭和二九年七月一日より同年九月一五日までに仕入れた氷一三〇七・五枚の代金としては金一四万円を支払つたのみでそれ以外には支払つていないから、右期間内の一三〇七・五枚の仕入代金は金一四万円となる。ところが、乙第二号証では、七月分仕入枚数金額は三三〇、五枚金六六、一〇〇円、八月分仕入枚数金額は七二一・五枚金一四四、三〇〇円と記載されているから、七、八月分の仕入枚数は一〇五二枚になるが、前述のとおり七月一日より九月一五日までの仕入枚数は一三〇七・五枚であるから、九月一日より同月一五日までの仕入枚数は二五五・五枚となる。そして、乙第二号証では九月分の仕入単価は一枚金一六〇円であるから、九月一日より九月一五日までの仕入価格は金四〇、八八〇円となる。従つて、乙第二号証における七月一日より九月一五日までの仕入価格は、七月分金六六、一〇〇円、八月分金一四四、三〇〇円、九月一日より同月一五日までの分金四〇、八八〇円の合計金二五一、二八〇円となるが、実際には原告は金一四万円しか支払つていないから、前記月別仕入額合計金三二八、四一〇円より右金二五一、二八〇円と金一四万円との差額金一一一、二八〇円を控除した金二一七、一三〇円が氷の年間仕入額でなければならない。被告の計算においては、金一二一、四一〇円の値引として、これをそのまゝ乙第二号証に基く被告主張の集計額より控除しているが、右値引額は乙第六号証によつて明らかなように、七月一日より同月五日までは単価金一八〇円、同月六日より九月五日までは単価金二二〇円として計算した代金二六一、四一〇円に対し金一四万円の支払があつたものとしての値引額であるが、乙第二号証の仕入額は、七月分は単価金二〇〇円、八月分は単価金二〇〇円、九月分は単価金一六〇円として計算されているので右値引額をそのまま乙第二号証の前記合計額より控除することはできない。氷については、その性質から期首、期末の各たな卸がないので、右仕入額がそのまま販売原価になる。

(三)  燃料売上額

被告は、燃料売上額を小売分と、それより低利潤で販売される卸売分とに分け、卸売分売上額が燃料総売上額の中で占める割合を二〇%とし、小売分、卸売分の各販売原価に、小売差益率一九%、卸売分差益率一一%を適用して売上額を算出している。しかし、卸売分売上額の燃料総売上額に対する割合が二〇%であることについては何らの証拠もない。また、小売分差益率一九%については、原告署名押印部分は成立に争がなく、その余の部分は証人柴恒定の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証及び証人柴恒定の証言によれば、被告の担当係官が原告の燃料販売品目の中から楢極上ほか一一の主要品目を選び、実際の売買差益にもとづいて各品目別の差益率を計算し、その相乗平均値を算出した結果が一八・五五%となつたものである。また、右販売品目の中では、石炭及びクヌギ炭はいずれも差益率の低いものであるが、成立に争のない甲第一号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二によつて石炭とクヌギ炭の各差益率を計算するといずれも被告主張のとおり一八・五五%を相当上廻る結果を得る、以上の事実から小売差益率は妥当なものということができるが卸売分差益率については、被告は原告の営業が同種業者の一般の業態と異なる点はないので燃料卸売分の通常の差益率一一%を採用した旨主張しながら通常の差益率が一一%であることについては何らの立証もなさず、これを認めるに足る証拠はない。従つて、卸売分の割合二〇%と卸売分差益率一一%の根拠が不明であり、これに基いてなされた燃料売上額の推計は合理的なものとは認められないので、被告の算出した燃料売上額をそのまゝ是認することはできない。しかし、原告は自ら燃料売上額を金二、九〇三、〇五二円と主張しているので、燃料売上額は少くとも右金額を下らないものということができる。

(四)  氷売上額

被告は一年を第6表のとおり区分し、各期間別の仕入量、販売価格、融け歩合を認定し、これによつて各期間毎の氷売上額を算出しているが、各期間別の仕入量は前出乙第二号証によつて認められるにしても、一年を同表のとおりに区分した理由及び各期間別の販売価格の認定の根拠については何の証拠もないので、これをそのまゝ肯認することはできず、従つて被告の氷売上額の推計は合理的なものとは認め難い。しかし、原告は自ら氷売上額を金六〇〇、一〇七円と主張しているので、氷売上額は少くとも右金額を下らないものということができる。

(五)  経費が金三六六、六八五円であることは当事者間に争がない。

(六)  所得額の計算

右(一)ないし(五)の金額によつて原告の昭和二九年度分所得額を計算すれば次のとおりである。

燃料販売原価     二、四七二、九一二円……(11)

氷販売原価        二一七、一三〇円……(22)

総販売原価(11)+(23) 二、六九〇、〇四二円……(23)

燃料売上額      二、九〇三、〇五二円……(2)

氷売上額         六〇〇、一〇七円……(1)

総売上額(1) +(2)   三、五〇三、一五九円……(3)

荒利益(3) -(23)     八一三、一一七円……(24)

経費           三六六、六八五円……(10)

所得額(24)-(10)     四四六、四三二円

従つて、右所得額の範囲内で原告の昭和二九年度分所得額を金四三六、八〇〇円と決定した本件更正決定は正当であり、これを取消すべき理由はないから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 高橋史朗 日野達蔵)

別紙〈省略〉

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